|
ミンダナオで 1995年にオーデションでミンダナオのインシュラーホテルに泊まった時に 10人ほどの日本人老人グループとお会いした。 戦前の小学校の同級生で、帰国した人たち(大半)と、現地に残り悲惨な体験を経験した 人たちとの同級会が催されていた。 たまたまホテルのロビーで皆さんをエスコートしていた女性が、帰国できずに戦死した父親 の元から山の中に逃げ込み、現地人としての生活をしていたと話してくれた。 戦後取り残された日本人・日系人などは、中国系と偽り世間の目から逃れていたとのこと。 ダバオは明治時代から日本の移民が多く移住し、束子や箒などやしの木の繊維を利用し、日本へ輸出して、安定した生活をしていたらしい。 従って第二次世界大戦が勃発して進行した地域ではなく、日本人学校にも大勢の児童が 学習していて、日本語の話せる年寄りもかなりいるらしい。
>日本人・日系人などは、中国系と偽り世間の目から逃れていたとのこと 本当に悲しい現実ですね。愛国心は今よりもはるかに謳われていた頃です。 日本人でありながら非難から逃れるために他国人であると名のり暮らされていた方々の悲しさは計り知れないものだったと思います。 その方々の子孫がどうどうと日本人だと名乗り、日本での活動も自由に行なえるようになることを祈るばかりです。
【2007/10/13 07:50】
URL | BABOY #B1scgdwo [ 編集]
有難うございます 何で、観覧数が上がったのかと思ったら、此方で宣伝して頂いたのでですね、本当に日本に居ながらこれだけの情報発信できるとは、何時も感心しています、これからももっと沢山の情報発信を、お願い致します。
川合さん こちらこそリンクを貼っていただきありがとう御座います お蔭様でたくさんの方にご訪問いただきましたm(_)m >これからももっと沢山の情報発信を、お願い致します。 がんばります!
【2007/10/13 19:55】
URL | BABOY #B1scgdwo [ 編集]
|